◆ 忍者が使った忍具

    忍者を忍びと呼ぶ

 忍びというよりも忍者といった方がわかりやすい。忍者はいつのころからいたのかといえば、1336~1392年代の南北朝時代以降だといわれ古い歴史を持つ。忍者の歴史的な話は長く複雑で、ひと言では言い表せない。

 忍者は大名などに召し抱えられ、情報収集のために敵の領地に潜入する。任務を果たすためには、どのような困難があろうとも、その困難を乗り越えて潜入して情報収集を行いながら、放火・夜討ち・破壊などを行って敵地を混乱させたり弱体化して、無事に戻らなければならない。そのためには、敵地でどんな状況下に遭遇しても生き抜いて帰参することが重要であった。

 したがって、特殊な技術や能力を身につけなければならない。そこに、忍者が駆使すための忍者特有の武器や手法が生まれ発達したのである。優秀な忍者は、雲のながれや形を見たり、風の音を聞き分けたり、草花の匂いをかぎとったりしながら、神仏一体となって、常に臨機応変に危機や困難を乗り越えて生き抜くぬくのである

 忍者は隠密ともいわれ、敵地で親子代々住みついて情報活動などをつづけてきた。江戸時代などには、家系が隠密と知らないで暮らしていた子孫もあったという。

 忍者=隠密は現代でいわれるスパイだ。大使館や領事館と外交官などは公然とした諜報機関の一つを担っている。これは、どこの国も公然と同じような諜報活動を行っているが、国の規模などで技能の優劣はあるだろう。

 近代日本の発展を支えてきた陰には、忍者の知恵・技術力・能力・勤勉さ・忍耐力といった歴史をかいくぐってきた日本文化の諸相が凝縮されており、超越した忍者に外国人が興味をいだくのも不思議ではない。

    ★ 忍者に憧れた少年時代

  * 忍者になりきる

 小学生のころ、授業の合間に先生が本を読み聞かせしてくれた。記憶にあるのは、猿飛佐助・霧隠才蔵・真田十勇士・岩見重太郎・ノンちゃん雲に乗るなどだ。特に、佐助などの忍者に興味を持ち憧れた。遊びは忍者ごっこで、近くの雑木林で木登りして枝から枝へと渡る遊びは忍者になった気持ちだった。

 忍者ごっこでは、木を削って刀を作り、釘などを金づちで平らにつぶして棒手裏剣を作っては忍者にすっかりなりきっていた。今では、木登りは危ないからといって叱られるが、当時は誰も叱る大人はいなかった。この木登りがこうじて、登山を始めるよになって岩壁登攀(ロッククライミング)に染まっていった。

 都下りで、東京から谷川岳に近い群馬に越してから自然と長野へ目を向けるようになった。アルプスの山々だけでなく、忍者の里真田に近くなったからだ。長野と群馬の境に鳥居峠がある。草津温泉に近い。

 この鳥居峠から北に四阿山などがある。佐助が忍者の修行をした山だといわれている。岩場の厳しい山だが、一度上ると素晴らしい景観とともに豊かな自然に同化してしまいそうな山の魅力に引きずり込まれてしまう。この鳥居峠から西へ行くと真田城址のある真田町がある。山城である。この真田城址の麓に真田温泉があり、佐助たち真田十勇士などが入った温泉に浸ることができる。深山幽谷の中になる真田温泉宿の湯に湯ったりと浸りながら、渓谷の川音を聞くと心の疲れが癒される。

         ★  忍者を描いた本や映画

 忍者に関しては年を重ねた今でも熱い思いは変わらない。だからかもしれないが、忍者に関する本を読んだり映画などをよく観た。司馬遼太郎著「梟の城・風神の門」・村山知義著「忍びの者」・山田風太郎著「忍法全集」・池波正太郎著「忍びの旗・忍者丹波大介」・木屋進著「猿飛佐助漫游記・忍者は斬れ」・戸部新十郎「服部半蔵」などのほか、映画などではサスケ・カムイ伝・忍びの者などに夢中になって家族のひんしゅくをかったがやめられなかった。

 近県では日光に江戸村がある。ここでの忍者屋敷のイベントは飽きることなく何度も見ていた。忍者に扮した役者の演技を見ていてやりたい気分になり、スタッフの仲間に入れてもらい忍者の演技をやりたいと申し込んだら、年恰好を見て「見て楽しんでください」とやんわり断られた。家族にすればここまでしてと「バカにつける薬はない」と、匙を投げられてしまった。

 江戸村で子供たちの人気の一つが手裏剣投げだ。六方手裏剣などで的に投げつける遊びだが、結構難しいが失敗しても楽しんでやっている。外国から来た人たちをこの江戸村に連れてきたところすっかり気に入れられて、忍者の衣装を借りて忍者になりきってしまった。家族にいわせれば、忍者になりたいといって申し込んで断れるよりも、衣装などで忍者になりきる方が可愛い、と。

   ★ 忍 具(忍者が使う忍びの道具)

*忍び六具

 忍び道具六具は、鉤(かぎ)縄・印籠(薬や毒薬などいれる)・編み笠(敵方にばれないように顔を隠すときなどに用いる。笠の中から外が良く見え、外から笠の中の顔は見えない。ときどき衣装も変えたりした)・三尺手ぬぐい(頬被りしたり、覆面に使ったり、包帯や鉢巻きに帯にも使うが、手ぬぐいの先端に石を包んで振り回して武器にしたりした)・石筆・筆立て・矢立(携帯用の筆記用具で刃物が仕込まれていることもある)・打竹(うちたけ:常に火種を入れて持ち歩き、ろうそくに点火したり、敵城などの建物などに放火したり、焼き討ちするときに使う)

 このほかに、七方出(しちほうで)は、虚無僧・僧侶・山伏・商人・放下師(曲芸師)・猿楽・つねの形(普段の武士や農民などの姿)などに変装したりしている。

 * 忍具の種類

 ● 手裏剣

 代表的な忍具。手裏剣の形はいろいろあり、その使い方もまちまちで、攻撃的に使ったり、窮地から脱するとき使ったり様々である。手裏剣の形を見てみると、直線になった棒状の棒手裏剣でクナイもその一つである。もう一つが、車剣と呼ばれる四方・六方・八方・卍手裏剣などである。卍手裏剣は実在でなく、映画の小道具としてつくられた架空の武器。

 手裏剣としてのクナイは、相手を苦しませずに死に至らしめることから「苦無」「苦内」といわれている。また、一方で、攻撃に使うほか、建物に侵入するときに施錠の破壊・石垣などの壁に突き立てて、それに足をかけて登ったり、穴をあけるなど様々な用具として使われている。

 ● 撒 菱(まきびし)

 忍具では有名。漫画などで描かれているような鉄製でなく、多くは桑の実などを三角にして、逃走のときなに相手の追撃から逃れるために撒いたり、攻撃に使ったりする。撒菱はどのように投げても、トゲのある方が上に向くようになっている。撒菱は木の実のほかに、鉄製も実際にはあった。今でいう、鉄条網のトゲのある部分を見ればそっくりである。

  ● 鎖 鎌

 鎖鎌といえば、真田十勇士の一人宍戸梅軒を想像する。使っていたのは鎖鎌で、その使い方の名人だった。鎌の先端や柄尻に鎖をつけ、その先端に鉛や鉄でできた分銅を結びつけて振り回して相手に投げつけ、動きを封じた瞬間に素早く接近して鎌で仕留めるという恐ろしい武器だ

 鎖鎌にはいろいろな種類があるが、重量のある分銅を振り回して投げつけ、瞬時に相手の懐に飛び込む技は、普段から相当の練習をしておかないと分銅に振り回されかねない。この鎖鎌の流派も「大草流」「天道流」など数多くある。

   ● 鉤縄(かぎなわ)としころ

 鉤縄やしころは映画などでよく見る。鉤に長い縄をつけ、鉤の途中に幾つかの竹筒を通して作られた忍びのための忍び道具。しころは、格子や柵を切るために使ったりする。鉤縄は、普段は折りたたんで「しころ」とともに持ち運びができる。鉤縄は、高所に鉤を投げかけた後、縄梯子のようにして登っていく。映画などのシーンでよくあるタイプ

  ● 銃と弓矢

 忍者は、忍び短筒と呼ばれる小型短筒を携帯していたという。さらに、火薬なども所持しており、いつでも使用できた。火縄銃や短筒を見れば武器というより美術品だ。特に火縄銃は武器でなく、まさしく美術品としの価値がる。火縄銃を駆使した忍者集団としては、紀州の雑賀一族が有名だ。

 忍者はいろいろな飛び道具を所持しおり、火矢・弓矢などは暗殺用に使われていたのではないだろうか。作る費用もかからず、廃棄してもまた作るのに手間がかからない。

  ● からくり隠し武器

 これは、今でいう手品みたいな武器。筆立てやキセルなどは外見はそのものであるが、一旦からくりを解くと隠し武器が現れる。小型でも刃物は武器、暗殺用にも使える。また、映画などのシーンでお馴染みの堀を渡る忍者が使用している木製の「水蜘蛛」という忍具。

  従来は、両足に一輪ずつつけられて水面をスイスイと歩くと想像されていた。しかし、近年の研究により、輪の中に忍者が入り浮き輪のように使用してきたのではないかという説が有力になっているが、実際には使用不可である。

     ★ 忍者の流派

 忍者の集団は各地に点在し、各大名に召し抱えられ情報収集などの任務を果たしているようだが、時代の流れの中で戦国時代のような戦闘はなくなり、徳川時代に入っていくと忍者は活躍場が次第に遠のいていく。

 忍者集団で有名なのが伊賀・甲賀だが、このほか小田原相模の風魔一族・甲斐武田の透波・紀州の根来・雑賀一族・奥州伊達の黒脛巾組・伊賀の柳生・出雲尼子の鉢屋一党などがある。流派によっては技能や技を巻物などで子孫に継承している。

  ★ 諜報のスペシャリスト

 両手で印を結びドロンと消えるのは映画などの世界の話だが、ドロンと消えるのを信じている人が多い。特に、外国の人は映画などの影響が強く、ドロンと消えることを信じ切っているようだ。

 忍者の身体的能力のなかで、頭や手足を引っ込めてうずくまり微動もしない鶉(うずら)隠れの術・水の中で竹筒などを使って息をしながら身を潜めたり忍耐力を必要とする水中隠れの術・喜怒哀楽に恐怖を加えて、人を巧みに利用する五車の術など使いこなすには多量な力量がなければ生きることも難しい。これらを駆使して諜報活動を行う忍者は諜報のスペシャリストだともいえよう。

 忍者の七方出は、このような諜報活動に適した臨機応変の衣装に着替え姿を変えることが必要だった。忍者は、乱波(らっぱ)・透波(すっぱ)・草・奪口(だっこう)・かまりなどと無数の呼び名がある。名前を聞いただけでもわからなくなる忍者の世界は、知れば知るほど深みにはまってしまい、底なしの不思議な世界へ引きずり込まれてしまう。

   ★ 国内各地の忍者村

     登別 伊達時代村(北海道登別市):電話0143-83-3311

 伊賀流忍者博物館(三重県伊賀市):電話 0595-23-0311

    甲賀の里忍術村  (滋賀県甲賀市):電話0748-88-5000

    甲賀流忍術屋敷  (滋賀県古賀市);電話0748-86-2179

    赤目四十八番忍者の森(三重県名張市):電話0595-64-2695

   戸隠流 忍者の里チビッ子忍者村(長野県長野市):026-254-3733

 忍野 しのびの里(山梨県忍野村):電話0555-84-1122

  小田原城歴史見聞館(神奈川県小田原市):電話0465-23-1373

    江戸ワンダーランド日光江戸村(栃木県日光市):0288-77-1777

    浅草花やしき(東京都台東区):03-3842-8780

   手裏剣道場(東京都新宿歌舞伎町):電話03-6457-3337

   川越歴史資料館(埼玉県川越市);電話049-226-0766

   元祖忍者村(佐賀県嬉野市):0954-43-1990

  

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