★ 峠を越えれば

 高校生の頃から山歩きをつづけている。学校を休んでは友人と低山・高山など足任せに登っていた。最初に登ったのは、福知山だった。この山は登りやすく春夏秋冬に関係なく登った。特に、大晦日には大雪が降り、降雪の中を雪をかき分け踏みしめながら登った記憶がある。今、思えば退学させられてもおかしくないほど登ったものだ。とりわけ、九州横断の踏破は金欠と空腹の中だったが、行きかう人たちから食料のいただきものあり人の情の温かさに心が癒された。阿蘇の山越えでは草千里で幕営していたらしかられたが、牧場の人たちからいただいた牛乳の旨さだけ今も忘れられない。本格的な山狂いになったのは、兄の友人たちと大分の由布山に登ったことが始まりだった。

 双耳峰の由布山は頂上に近づくになるにつれて苦しい登りだったが、山頂からの眺めが素晴らしく苦しい登りなどすっかり忘れて自然の織りなす美の世界へと引きずり込まれていった。高校を卒業してから上京し、大学と仕事を両立させながら山への情熱は燃え盛るばかりだった。職場での有給休暇はすべて山、週休もすべて山といったスケジュールに上役からは山バカのレッテッルを貼られてしまうほどだった。

 この頃の山登りは自分勝手に「人生の修行だ」と胸を張っていたが、いろいろな山を登りつづけているうちに遊びの場へと考え方を転換していくようになった。いわゆる、難しいことを考えずに気楽に登れということ。それは大きな転機で、山で知り合った老若男女の人たちとの交流の中で、自らの人生経験の底浅さに気づいて反省し、多くの人達からいろんなことをたくさん教えていただいた。

  山仲間の一人がエベレストの頂上を踏みしめながら帰らぬ人となった知らせに精神的に落ち込んだこともあったが、どんな高貴な山を登頂しても、無事に下山しなければ踏破の成功とはいえないことに気づかされた。山登りは、頂上を目指してわき目もふらずひたすら登りつめ、下山のことなど置き去りにしていることが多々ある。下山の際のケガなどは特に考えたり念頭になかったりする。山登りでケガの多いのは下山のときだ。

 登りは苦しい。なんでこんな思いまでして山に入るのだ、どうしょうもないバカだと自問自答するが、頂上に立って周囲の素晴らしい景観にうたれると、登りの苦しさなどすっかり忘れて次に登る山を考えている。山登りは、人生の一つの生き方に似ている。頂上という人生の頂点や幸せをつかむまで辛いこと苦しいことなどは二の次のして、休むこともなく昼夜働きつづける。目指した目標をつかむと、今までの苦しかった生活や生き方を忘れてしまい、それまでの経験などが活かされず、ケガをしたり人生の転落という憂き目あって愚かさに気づき、身にしむような人生の悲哀を味わう。 人は、いいときは誰でも寄ってくる、うまいこともいう。だが、人生落ち目になってくると誰も寄って来なくなる。薄情だが、これが現実なのだ。我が身の経験からも、落ち目になったとき、どん底でもがき苦しんでいるときに、やってきて励ましてくれる人はお金ででは買えない宝である。人間の一生にとって幸を願い、不幸をつかもうとする人はいないだろう。人生いいときばかりでなく、いつかは下りの人生もある。 

 常に、下りの人生のあることを忘れずに生きていくことは大切だと思う。山と同じよう幾多の峠がある。一つひとつの峠を目の前にして避けたり、逃げたりしないで乗り越えていけば、苦しかったことが明日は笑っている自分を見出すことができる…..そして、自分にとって何が大事で、誰が大切か山がそれを教えてくれる

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